2016年7月23日土曜日

〔第4回 関所御備鉄炮のこと、また厳重化する荷物査検〕



「時節柄」、栗橋関所にもゲべーレ銃6挺の配備が決まったが、玉薬・管等は地元で調達する事になった。その見積書・直段書の指示の細かさといったら!


小川町歩兵屯所より日光表への「無才料」の荷物の通方についての伺いと指示のやりとりをみると、関所番士達の事態を理解する力、事態に対して観念的でなく具体的に細部を計算・予測して対処方法を見出そうとする姿が浮かび上がる。


江戸期、少なくとも幕末期、幕府下僚の職分に対する実意ある姿は、上からの命令に唯々諾々として従ってばかりいたわけではないことを語っている。




〔翻刻文〕

右同日
一御用状差出左之通
宿継致拝見候、然御関所前後川筋御取締場見廻り之儀委細御下知被成下、尤如何之義も相聞候ハヽ早速御届可申上旨被仰下承知仕候

一御関所通方之儀付御代官様ゟ御伺被成下候処、其御筋ゟ御付紙御写壱冊被成御渡、御文意之趣委細承知仕候

一当御関所御備御鉄炮当節柄御代官様も種々御配慮被成下、ケヘル筒六挺御買上御渡方之積御伺替被成下候処、御伺之通被仰渡候付、附属之小道具御取揃次第早速御渡被下候趣被仰下承知仕候、尤玉薬・管御渡方之儀遠路御差立方ゟ当方ニ而買入出来候得、所御買上御伺被成下候段被仰下、尤玉薬壱貫付何程、管何粒何程と申義、且又非常御備之分并筒払等可相用分何程と見積、製造人相談直段書可差出旨被仰下是又承知仕候、追取調可申上候

一当十六日小川町歩兵屯所之添触を以、無才料ニ而継来候荷物通方之儀、宿役人共ゟ御関所へ申立候間、一通見請候得共、添触判鑑等兼其筋ゟ御達しも無之、且品柄も相分兼候付差留候、次第此程日光表相越候御目付方ゟ歩兵組其外御役々通行後締之儀迄厳重可心得旨、当節不容易時節付歩兵組抔と申人数、又何様之荷物等何方ゟ被送候哉も難計候間、合印鑑等ニ而も無之ハ何ニ而も一切不相通様可致旨、且歩兵方之荷物等後ゟ送り来候ハヽ留置、其段栗橋宿役人共ゟ日光表在役申立候得、御目付方ゟ通方差図可致と之義付、右荷物差留宿役人共も其段申達置候間、通方御差図之義、其御役所歟又日光表在役之御目付方ゟ御達有之候得、早速相通候心得御座候

一右様之荷物其外武器類たり共差向候御用之儀付、歩兵屯所役所之添触を以日光表被遣候間、無差支可相通旨其御筋ゟ御達之上、兼合印鑑等相渡し有之候得、以来通方差支無御座候
右之段為御請如斯御座候、以上
 子四月十九日              足立柔兵衛
                     冨田 潤三
                     加藤 摝兵
                     嶋田 耕平
    渡辺幸之助殿
    小菅十一郎殿
    松澤 俊助殿
    山口市郎次殿


〔訳文〕

右同日(四月十九日)
一以下の御用状を差し出しました。
宿継の御用状を拝見致しました。
さて、御関所附近の川筋に設定された御取締場見廻の件につき、委細御下知くだされ、承知しました。また(そのことに関し)何らかの問題や意見があればすぐ申し上げる様にとのご指示も承知致しました。

一御関所の通し方につき、御代官様より(上へ)御伺していただいたところ、御老中・御勘定方より御付紙の写壱冊をお渡し下され、御趣旨の委細承知しました。

一栗橋御関所御備の鉄炮の件につき、時期が時期でもあり、御代官様にもいろいろ御配慮くだされ、ケヘル筒6挺買い上げて関所に配備する旨御伺なさっていただいたところ、その通り承認されました。

附属の小道具を取り揃え次第、早速御渡しいただけるとのこと承知しました。
但し玉薬・管(※16)については、(江戸より)遠路運搬するより当方にて購入出来るなら、地元で調達する旨御伺するよう御指示がありました。

尤も玉薬1貫につき(費用)何程、管何粒につき(費用)何程という経費のこと、且つ又、非常御備の分ならびに筒掃除等に使用の分何程と見積り、製造人へ相談し、直段書を提出すべきことについての御指示も承知しました。近いうちに御用意して差し上げます。

一四月十六日、小川町歩兵屯所の添触のみをもって、宰領もなく宿継ぎ運搬されてきた荷物の通し方につき、宿役人共より御関所へ問い合わせがありました。

一通り見てとりましたが、添触の判鑑等もなく、管轄役所よりあらかじめ御達しもなく、荷物の中身も分かりかねたので差し留めに致しました。

それは以下の理由からです。
一つは、この程日光表へおいでになった御目付方から歩兵組その外の役付の皆様が通行する際、「後締」も厳重に注意しなければならない点、

二つ目は、当節は容易ならざる時節につき歩兵組などと自称する人々、又はどんな荷物が何処から送られて来るかも予想しがたく、合印鑑等がなければ一切通してはならないよう指示されている点、

三つ目は、歩兵方の荷物等後から送って来たら留め置き、栗橋宿役人共より日光表の御役目衆へ問い合わせれば、
御目付方より通し方につき差し図があるはずで、(そのことは)宿役人共へも申し達し置いてあるのです。

(歩兵方)御役所か日光表お勤め中の目付方より御達しがあれば、すぐに通すつもりでございます。

一上記のような荷物その外武器類であっても、急用御用の荷物については、歩兵屯所役所の添触で日光表へ遣わしますので、
管轄役所より支障なく通すべき旨の御達しをなされた上、予め合印鑑等御渡しくだされば、以後は通し方に支障もございません。
上記の事お引き受け致しました。以上
 
子四月十九日              足立柔兵衛(※17
                     冨田 潤三
                     加藤 摝兵
                     嶋田 耕平
    渡辺幸之助殿
    小菅十一郎殿
    松澤 俊助殿
    山口市郎次殿

〔注釈〕
16管:前装銃に用いる雷管。(日本国語大辞典)
17房川渡中田関所番士、代官所手附・手代、代官の構成員について当時の『県令集覧』

に見てみます。

『県令集覧』(文久三亥十月改正・江戸横山町壹丁目 御書物師 出雲寺萬次郎板

右頁の左側より「福田所左衛門」についての記述、その左側に「江戸詰」22人の手付・手代、さらに4行飛ばして「房川渡中田御関所」の関所番士4人と「見習」2人について記載されています。因みに、(在)は御在府、(モ)は元〆、(カ)は加判、(ク)は公事方、(テ)は御手附・御手代衆、(支)は支配勘定格、(フ)は御普請役格
















2016年7月16日土曜日

〔第3回 関所番士たちの迷いと老中・勘定所の指示〕



もしも「日光浪人共」が江戸に向けて栗橋関所を通行するとなったら、(われわれ)関所番士はどう対処すべきか?今回は、関所番士たちと上部機関との伺ー指示関係が大雑把ながら分かります。 





〔翻刻文〕
一房川渡中田御関所通方付伺書御下知済写壱冊
 〆

〔訳文〕
一房川渡中田御関所通し方に付、伺書と御下知済写し壱冊
 〆

〔翻刻文〕
  房川渡中田御関所通方之儀付伺書

〔訳文〕
房川渡中田御関所通し方の件に付伺書(関所番士)

〔翻刻文〕
 房川渡中田御関所番人共申立候趣、左申上候
水戸殿領分相集候浪人多人数、此程追々日光山立入候趣及承候処、当月十一日午中刻頃、水戸殿家来側用人美濃部又五郎上下六人・目付役山国兵部上下五人・小十人目付朝倉源太郎上下弐人・同目付下役赤津平蔵・目付方梅原鉄之助・同小口丑五郎外目付下役小遣之者壱人、従江戸日光表相越候付、何れも兼御達有之候御同家目付方合印鑑銘々持参、又家来を以差出引合候処無相違付相通申候、然ル処右之内浅倉源太郎罷出合印鑑并手札差出、別断立候者何方へ相通候哉之旨承り候処、内御用有之日光相越候趣申立候得共、右内御用と申子細難決日光表之風聞不穏義付、右水戸殿役々彼地相越、浪人共申諭為致帰伏候趣を以銘々合印鑑等相渡多人数江戸屋敷召連候程も難計、仮令引合印鑑持参之上役々附添引取候段断有之候共、一旦不審之風聞有之候者候得差留置通方相伺候当然之儀と奉存候得共、合印鑑持参有之候而者容易難差留候間、万一右様之義差掛候節如何取計候様可仕哉右之通番人共ゟ申越候、如何差図可仕哉、差掛り候儀付急速御下知御座候様仕度、此段奉伺候、以上
 子四月   福田所左衛門 

「御附紙」   御殿印
書面伺之趣旨、兼水戸殿ゟ被差出候印鑑持参候ハヽ通行為致可申、尤壱枚印鑑ニ而多人数通行いたし候歟、乱妨ヶ間敷儀有之候ハヽ差留置得と相糺候上、弥不審も無之候ハヽ通行可為致旨 板 周防守(14)殿被仰渡候間、其段御関所番可被申渡候
 〆

〔訳文〕
房川渡中田御関所番人達が申し立てていることを
(福田所左衛門が替わって)申し上げます。

水戸殿(※12)領分に集っている多数の浪人達が、この程次々日光山へ立ち入っていると承っていますが、当月(四月)十一日午中刻(午後一時)頃、
水戸殿家来側用人美濃部又五郎上下六人
目付役山国兵部(※13)上下五人
小十人目付朝倉源太郎上下弐人
同目付下役赤津平蔵
目付方梅原鉄之助
同小口丑五郎外に目付下役小遣の者一人が、
江戸より日光表へ参るということで、
水戸家目付方が銘々持参した合印鑑、
あるいは家来に差し出させたものを照合したところ
問題がなかったのでお通ししました。

ところが、その中の浅倉源太郎殿が合印鑑と手札(※13)を差し出し、
(一枚の印鑑で他の者達の通行許可も求めていたので)、
その方々はどちらへ参るのか伺った処、
内々の御用で日光へ赴くと御答えになられただけで、
それが本当かどうかも分からず、況して日光表が不穏との噂もある状況です。

(美濃部様以下)水戸殿家中の皆様が日光へ参られ、
浪人共を諭し帰伏させ、
彼ら一人一人に合印鑑等を渡して江戸屋敷へ連れ帰るのかどうかも定かでありません。

たとえ(浪人共が)合印鑑を持参し
(水戸家の然るべき方々が)附き添って来られても、
すでに不審の聞こえある者達であれば差し留め置いて、
通してよいものかどうか上に伺うのが当然のことと存じます。

しかし、合印鑑を持参しておる者は勝手に差し留めるわけにいかないので、
万一上記の様な状況になった場合、如何処置したらよいか。

以上のように(関所)番人共より手紙で問い合わせて参りました。
どのように差図したらよろしいか、
急ぎ下知していただきたく伺い申上げます。以上
        子四月   福田所左衛門 


「御附紙」   御殿印(15)
書面の伺いの趣旨は、
あらかじめ水戸殿より発行された印鑑を持参しておれば、
当然通行させるべきですが、
ただし一枚の印鑑で多人数を通行させてよろしいか、
という点だと理解いたします。

乱暴な振る舞いなどがあれば差し留め置いて、念を入れて糺明し、
いよいよ不審な点もなければ通行させてよいと
(老中)板倉周防守殿が御命じになられましたので、
そのように御関所番へ申し渡して下さい。
 〆

〔注釈〕
※12水戸殿:徳川慶篤(よしあつ)(18321868)・水戸10代藩主。9(なり)(あき)の長男。
井伊直弼の日米修好通商条約の無勅許調印を責め登城停止。
安政の大獄で差控。桜田門外の変で登城停止。
元治元年、三港閉鎖反対の意見を奏請。
深刻な藩内抗争(天狗党×諸生党)の事態収拾に失敗し、没。(日本歴史大事典・小学館)

※13山国兵部( 1793-1865):日光浪人共の鎮撫のために派遣されたが、結局は元治元年11月1日大子を出立して京都を目指したた所謂「天狗党」の軍師となる人物。同じく天狗党の主将の一人田丸稲之右衞門は実弟。

※14手札:読み方は〔てふだ〕。士分・商人等の名刺。これのみで関所通行ができるわけではない。(掲載写真参照)。

※14板 周防守:片名字(かたみょうじ)・あるいは片名(かたな)
江戸時代、文書に名字や官職名を略して記すこと
「高木伊勢守」を「高伊勢」「高伊」とする類。あて名に用いて、相手に対する敬意を表した。
(広辞苑・日本国語大辞典・デジタル大辞泉)

板倉勝静(かつきよ)18231889)。
備中松山藩主・勝手係老中。奥羽越列藩同盟に参画、函館五稜郭に拠ったが、
自首永預(ながあずけ)。上野東照宮祠官。

※15御殿印:読み方は〔ごてんいん〕。
代官福田所左衛門が指示を仰いだのは、勘定所(かんじょうじょ)である。
勘定所には、江戸城内の御殿勘定所と大手門番所裏にある御番役御勘定所=下勘定所があるが、この場合は前者「御殿勘定所」の吏僚が老中板倉勝静に伺いを立てた上で、「御附紙」によって下知してきたのである。

老中―勘定奉行―勘定―代官―代官支配手附・手代―関所番士

という伺ー指示命令系統が双方通交的に組織されていたことが分かる。




〔右端手札の文言〕
 
 御年頭御礼               城州八幡社士惣代 
   参府仕候ニ付                 谷村市之進 
   御届申上候                 旅宿日本橋通三丁目中横町
                                 万屋利右衛門店

※上記「手札には、印影がありません。現代の名刺に当たる。
                 (法量6×16.5cm) 

 安井息軒名刺」も御覧下さい。






2016年7月8日金曜日

〔第2回〕元治元年四月十七日~四月十九日


御用留書(横帳)

久喜市指定文化財 島田家文書NO.6 御用留書 一番」の元治元(1864)年417日の記述から始めます。

徳川家康は、1616(元和2)年417日駿府城において死去。翌年、日光に改葬され、東照大権現の神号を得ました。
3代家光は、1651(慶安4)年420日江戸城本丸において死去。日光大猷院霊廟に葬られました。
4月は、将軍二人の命日月であり、水戸の「浪人共」が日光に立ち入ったのには相応の訳があったのです。

〔翻刻文〕
 同十七日        水戸殿御家来
                小林平之進
 右宇都宮ゟ帰府之由目付方合印持参断事
            水戸殿目付方
                松下貞次郎
 右栃木宿ゟ帰府之由合印持参断

〔訳文〕
 四月十七日       水戸殿御家来     小林平之進
 右の者は宇都宮より江戸へ帰るとのこと、目付方の合印1)を持参して通行許可を求めた
            水戸殿目付方     松下貞次郎
 右の者は栃木宿より江戸へ帰るとのこと、合印を持参して通行許可を求めた

〔注釈〕
1「合印」:読み方は、「あいいん」(「地方凡例録七」・日本国語大辞典)。当研究会では「あわせいん」と読み慣らしてきた。関所には、予め判鑑(はんかがみ)という印影(今日の印鑑証明の底簿に相当)が各方面より届けられており、関所通行者はその判鑑の印影と同一の印影のある関所手形を提出して、通行許可を求めた。
 ここでは、小林平之進も松下貞次郎も、水戸家目付方の押捺の関所手形を持参してきたので、関所番士は予め届けられてある判鑑と対照して間違いないかどうか確認し通行を許可したのである。もちろん、合印―判鑑の形式を取らない関所通行もある。

〔翻刻文〕
四月十九日
一支配御役所ゟ申来書翰
宿継ヲ以致啓上候、然去ル十一日附御用状御申越有之候此度諸浪人共日光山立入候付、閑道等之儀箱館表ゟ帰府之御目付方ゟ尋有之候、取締方等達も有之候上、御申越之通折々御見廻り如何之儀も相聞候ハヽ、其段早々御申越可被成候

〔訳文〕
一支配御役所(※2)より(房川渡中田御関所)(※3)への書翰
 宿継(※4)でお手紙差し上げます。去(4月)11日付けの御用状に言われていることですが、この度諸浪人どもが日光山へ立ち入った事につき、(関所の)脇道等のことについて、箱館より江戸へ帰る(幕府の)御目付方よりお訊ねがありました。取締方等のお達しもありますので、御用状に言われている通り、時々見廻っては如何かと(周辺から)聞こえて来ますので、そのことについて早々にあなた方番士のご意見を(支配所)へ御手紙ください。

〔注釈
2「支配御役所」:房川渡中田関所(通称栗橋関所)は、元治元年当時、幕府代官福田所左衛門の管轄(支配)下にあった。福田は、1006人扶持、焼火之間詰の在府の旗本。江戸詰の手付・手代を22名抱えている。その中に、栗橋関所担当と思われる4人の名がある。渡辺幸之助(元〆役手付)・小菅十一郎(同)・松沢俊助(加判役手付)・山口市郎次(公事方加判役手付)。(『県令集覧』(文久310月改正))

3「房川渡中田関所」:久喜市ホームページ「第16回 栗橋関所」をまず御覧下さい。
また、近世の栗橋については、栗橋郷土史研究会ホームページ「第2回 栗橋の近世史」を御覧下さい。


4「宿継」:読み方は「しゅくつぎ」。宿駅から宿駅へと人馬を継ぎかえて人や荷物を送る事(日本国語大辞典)。日光街道の栗橋宿は、千住―草加―越谷―粕壁―杉戸―幸手―栗橋と七番目の宿駅である。各宿駅には人馬継立ての問屋場があった。


〔翻刻文〕
一御関所通方之儀付伺書之儀、御代官御伺引直差出置候処、御附紙を以御下知相済候間、写壱冊差進申候、委細右ニ而御承知可然御取計可被成候

〔訳文〕
一御関所の通方についての(あなた方関所番士の)伺書を御代官御伺という形に改めて(勘定奉行へ)差し出しましたところ、御附紙(おつけがみ)(※5)をもって御指図いただきましたので、その写壱冊を差し上げます。委細は御附紙の内容を承知なされ、そのように実行なさいますように。

〔注釈〕
5「御附紙」:伺書などで訊ねられた事に対し、上司が意見・理由・指示を回答して添付する別紙。下紙。下札。


〔翻刻文〕
一先達中追々御申越有之候御関所御備鉄炮之儀、当節柄御代官も種々御勘弁有之、
ケヘル筒六挺御買上之上御渡方之積御伺替相成候処、伺之通可取計旨被仰渡候付、早
速買上方取計候得共、いまた小道具揃兼候付、揃次第可成丈手繰いたし差立候間、左様
御承知可被成候

〔訳文〕
一先日中より引き続き御申し越しの御関所御備えの鉄炮のことについて、(物騒な)時節でもあり、御代官にもいろいろお考えいただいています。ケヘル筒(※6)を6挺買い上げ(御関所の方に)お渡しすることを(わたくしども支配所の者があなた方番士に替わって)伺いましたところ、(代官は)伺の通り取り計らうよう御命じ下さいました。早速買い上げにかかりましたが、また(鉄炮の)小道具が揃いませんので、揃い次第なるべく手に入れ(そちらに)送りますので、そのように承知なされて下さい。

〔注釈〕
6「ケヘル筒」:江戸末期の先込め式洋式小銃。天保頃、オランダから初めて輸入。ゲベール銃(筒)(日本国語大辞典)。

〔翻刻文〕
一右之通被仰渡候而者、猶又玉薬等御渡方可相伺処、遠路差送候ゟ其表ニ而買上出来候ハヽ、所御買上相伺候方弁利も可有之歟と存候付、合焔硝壱〆目付何程、鉤壱貫目付何程、管何粒付何程と申儀、製人等御糺直段書御取御差越可被成候、且又右焔硝其外非常御備之分何程、筒払等可相用分何程有之可然との御見込も有之候ハヽ、心得壱挺当何程と申儀是又御申越有之候様いたし度候

〔訳文〕 
一右の通り命じられましたが、さらに玉薬(たまぐすり)(※7)等の渡し方についても(上に)伺うべきでありましたが、(江戸から)遠路送るより、そちらの地元で買い上げることが出来るならその方が便利と思われます。合わせて焔硝1貫目いくら程、鉤1貫目いくら程、管何粒でいくら程と、製造人等に尋ね値段書を出させ(こちらへ)送って下さい。さらに焔硝その外について、非常御備の分はいくら程、(銃身の掃除等に)用いる必要分はいくら程という見込みがあるなら、目当てとして1挺当たりいくら程と是又御申し越しいただきたいのです。

〔注釈〕
7「玉薬」:読み方は「たまぐすり」。銃砲弾の発射に用いる火薬。弾薬(日本国語大辞典)


〔翻刻文〕
一三ヶ条目御申越有之候小川町歩兵屯所役所判之添触を以無才料ニ而継来候荷物之義、添触判鑑兼差出有之候合印鑑引合相違も無之候ハヽ、品柄不相分共継立可然義とも被存候得共、日光表相越候御目付方ゟ後締之義迄厳重心得、後連人数并荷物等通掛り候ハヽ留置、其段宿役人共ゟ届出候得差図可致旨達置候付、右荷物御差留被置候趣御申越迄ニ而子細不相分候間、右御差留之次第宿役人共日光表御目付方申出させ差図次第御継立被成候義候歟、又当方ゟ其筋へ申立継送方申進候儀候歟否、折返御申越可被成候
右之段可得御意如斯御座候、以上
 子四月十八日       山口市郎次
              松澤俊助
              小菅十一郎
              渡辺幸之助印
                 外無印 
    島田耕平殿
    加藤摝兵殿
    冨田潤三殿
    足立柔兵衛殿
     入記

〔訳文〕
一(あなた方関所番士の伺書の)三ヶ条目ですが、小川町歩兵屯所(※8)役所判の添触をもって(荷物の責任者たる才料を付けず)宿継運搬する荷物については、すでに差し出されてある判鑑に添触の合印鑑が相違なく引き合うなら、荷物の中身が何であろうと継ぎ立てさせてよいと存じます。ただ、日光表へ参る(幕府の)目付方より「後締」を厳重に注意し、後からやってくる人員や荷物等が通り掛ったら留め置き、宿役人(※9)共より(あなたがた関所番士へ)届け出があったら(あなた方関所番士が)(人員や荷物等の継送りについて)差図するよう命じて(目付方は日光へ)行かれてしまいましたので、荷物差し留めを命じられた趣旨がよく分からなくなりました。この荷物差留の次第につき、宿役人共が日光表の御目付方に申し出て(目付方の)差図に従って継ぎ立てすることになるのか、又は当方(代官支配所)より「其筋」(勘定奉行なり老中なりか、あるいは目付方の上司の大目付か)へ申し立てたうえで、その継ぎ送り方について(指示を仰ぎ)(あなた方関所番士へ)(その指示を)申し送ることになるのか、折り返し(あなた方関所番士の)御返事を下さい。
以上のように御承知下さい
 子四月十八日     山口市郎次
              松澤 俊助
              小菅十一郎
              渡辺幸之助印
                 外無印(※10) 
    島田 耕平殿
    加藤 摝兵殿
    冨田 潤三殿
    足立柔兵衛殿
     入記(1)

〔注釈〕
8「小川町歩兵屯所」文久三年(1863年)、常陸土浦藩土屋家の上屋敷が御用地となり、跡地は幕府の歩兵屯所となった。歩兵屯所は幕府の兵制改革にともない小川町のほか、西丸下、田安門外、大手前の四カ所に設置され、小川町には幕府歩兵第三番隊が入営した。

※9「宿役人」:宿駅の問屋場で宿継業務・休泊業務を担当する役人。問屋(といや)・年寄・帳付(書記)・人足指(人の差配)・馬指(馬の差配)など。多くの問屋場下役を指揮した。「宿役人」については、児玉幸多『近世宿駅制度の研究 増訂版』(昭和32年)に詳しい。

10「外無印」:支配所江戸詰手付4人中、渡辺幸之助のみ印がある。外の三人は何かの理由で当該文書に関わらなかったか、筆頭格の渡辺幸之助の印さえあれば済んだということか。

※11「入記」:不明
     
以上の解読・訳文・注釈については、平成283月迄当会前身の「久喜市栗橋町史古文書学習会」の講師を勤めて来られた三野行徳先生のご教示によるところ大であります。また、次回以降の分にについても同様のご指導を戴いております。先生からは、科学的な観点からの歴史、特に事実や文書の厳密な読み方をご教示いただきました。ここに久喜古文書研究会一同、深謝申し上げます。 

〔第1回〕古文書が語る歴史の現場へ!

 1 はじめに

 久喜市栗橋町史編纂事業の一環として、10年余実施されてきました古文書学習会が、平成28年3月をもって終了しました。
 この学習会は久喜市指定文化財の島田家文書NO.6「御用留」を解読するというものでした。これは、江戸期栗橋関所(正式には「房川渡中田御関所」)の番士の記録であり、大変興味深い文書であります。
 そこで、「久喜古文書研究会」として発展的に継承する形で、有志が引き続き「御用留」を読んでいく事になりました。

以下、会の活動等について、読者の皆様にブログという形で公開し、ご意見ご感想を戴き、併せてこの会への参加をお待ち申して居ります。


 尚、島田家文書は、最近、久喜古文書研究会会長の島田昌弘様が久喜市の方へ寄贈なされましたが、久喜市教育部文化財保護課・久喜市立郷土資料館の方からは、文書の使用等につき御高配をいただいておりますこと、ここに感謝申し上げます。


     ”古文書が語る歴史の現場へ”


関所通行手形

 美濃守内
         七戸権兵衛家来
                 壱人

   右者今十五日江戸屋鋪出立、
奥州盛岡迄罷下り申候、
  御関所御通可被下候、以上
        南部美濃守内
                              加嶋加録印
                       元治元年
            五月十五日
            
          


島田家文書の閲覧・解説(2015年夏 於しずか館)


2 久喜古文書研究会会則

(名称)
第1条 本会は、「久喜古文書研究会」と称する。
(事務所の所在地)
第2条 本会の事務所は、本会会長宅に置く。
(目的)
第3条 本会は、久喜市指定文化財の古文書等を学習・研究し、会員の解読能力を向上させ歴史への関心を深めるとともに、地域文化の未来のために寄与することを目的とする。
(事業)
第4条 本会は、前条の目的を達成するため以下の事業を行う。
 1.古文書学習会
 2.史資料の読解・翻刻・注釈・解説等の冊子化、また刊行
 3.久喜市域の歴史、特に栗橋宿・栗橋関所等の学習・研究
 4.学習・研究成果の発表・web化(ブログ・ホームページ等)
 5.古文書解読講座の開催
6.他団体との交流
 7.その他
(会員)
第5条 本会の目的に賛同する者は、誰でも会員となることが出来る。
(入会)
第6条 本会に入会しようとする者は、入会申込書(別紙)により、申し込むものとする。
(会費)
第7条 
1.会員は、年会費2000円を納入する。
2.年度途中に入会の者も、2000円の会費を納入する。
3.納入された会費は、返金しない。
(退会)
第8条 
1.会員は、退会届(別紙)により退会出来る。
2.会員は、新たな年度に入っても出席がなく、また会費も納入されない場合は、退会したものとみなす。
(休会)
第9条 
1.会員は、休会届(別紙)により休会することが出来る。
2.休会は、1年単位とする。その際、会費は納入しなくてもよい。
(組織)
10条 
1.本会は、以下の役員をおく。
  (1)会長 1名 
  (2)幹事 若干名
  (3)会計 1名
  (4)監査 1名
2.上記の役員は、総会で互選により選出する。
(係の仕事)
11
 1.会長は、本会を代表する。
 2.幹事は、代表を補佐し、各係の連絡調整を図るとともに、本会の実務全般にかかわる。また、本会会員相互の連絡・意見交換の広場をweb上に作成・管理する。また、研究会会場の予約を担当する。
3.会計は、本会の会費・基金・広告等、会計事務全般にかかわる。
4.監査は、本会会計監査を行い、総会で報告する。
(係担当の任期)
12条 役員の任期は、1年とする。但し、再任を妨げない。
(顧問)
13条 本会は、学術的、また運営上の助言を得る目的で顧問を置くことができる。
(総会)
14
1.本会は年1回総会をもつ。
2.総会は、会長が招集し、会長が議長を務める。
3.総会の議事は、出席会員の過半数で決定し、可否同数の場合は議長がこれを決定する。
4.必要に応じて、臨時に総会をもつことができる。
5.幹事は、議事録を作成する。
(会計)
15条 
1.本会の会計年度は、毎年4月1日より翌年3月31日迄とする。
2.本会の経費は、会費及びその他の収入をもって充てる。
(文書取扱上の注意)
16
1.研究会において使用する文書の借用は、その所蔵者から承諾を得る必要がある。
2.会員以外の者への文書・複写等の貸与又は閲覧は、その所蔵者の承諾を得る必要がある。
附則
この会則は、平成2841日より施行する。


3 久喜古文書研究会会員・役員   
  
 会員 梅田博 江藤圭子 桐生清 小島裕 小林春樹 坂内盛夫 柴田喜美子 
    島田昌弘 杉田雅代 関根久夫 高塚伊和夫 舘山誠 土屋献一郞
    細井宏祐 

 役員

  会長 島田昌弘

  幹事 桐生清 高塚伊和夫 舘山誠

  会計 関根久夫

  監査 柴田喜美子 杉田雅代

  

4 今年度のテーマ

①島田家文書「御用留書」から見た天狗党・水戸藩・幕府・諸藩の動向

②島田家文書「御用留書」から見た栗橋関所査検の実態


5 今後の予定


 ①44() 15:00~17:00  於栗橋公民館A102号室
総会・役員選出・解読会他
 ②52()  15:00~17:00 於栗橋公民館A102号室
 解読会
 ③66()  15:00~17:00 於栗橋公民館A102号室
解読会
 ④74()  15:00~17:00 於栗橋公民館A102号室
    解読会
 ⑤81()  15:00~17:00 於栗橋公民館 研修室
解読会
  ⑥9月5日(月)   13:30~15:30 於いきいき活動センターしずか館
    解読会     (※時間注意)            会議室103
  ⑦10月3日(月) 13:00~15:00 於栗橋公民館 研修室
    解読会     (※時間注意)
  ⑧11月7日(月) 13:00~15:00 於栗橋公民館 研修室
              (※時間注意)
  ⑨12月5日(月) 13:00~15:00 未定




新規会員募集!

関心をお持ちの方ならどなたでも参加できます!

お問合わせは、会長の島田(0480-52-0621)、

幹事の舘山(090-8808-2830)(makototateyamaz@gmail.com)まで


ご連絡下さい。